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アスリート魂 2

昨日、アリジカントリークラブ、年に1度のクラブ選手権がありました。

最近はこれを張り合いにゴルフの練習をしています。

今年で6回目になりますが、未だに優勝はありません。


昨年からは、筋トレその他の肉体改造にも取り組み、易しいクラブに変えたことも加え
ドライバー、アイアンともに飛距離も伸びました。

左手首の傷も頸部の痛みもほぼ癒え

ひそかに今年こそ・・・と思っていましたが・・・

やはり、優勝はなりませんでした・・・(涙の4位  うっうっ~)

世の中には、上手な人はいっぱいいてはります~!

まだまだ、自分に足りないことがあることを実感させられた1日でした。


最近も、オリンピックやパラリンピックで、毎日すさまじいメダル争いがされていますが

メダルを取るためにアスリートがいかに努力しているのか

4年に一回しかないチャンスにあわせて、自分の調子を最高に持っていく調整

けがとの戦い・・・練習を休むことの怖さ・・・復帰までの焦り・・・

効果的な練習やフォームの追求


その上で、てっぺんを取るのがいかに難しいことなのか

それが改めてよくわかりました。

市井の中年アスリートですが、こういうことを続けていると、実感として理解できるのがうれしいですね。



今年の教訓を糧に、また、来年向けて、新たな目標を立てチャレンジしていこうと思っています。

一緒に同伴していただいたメンバーの方々、お疲れさまでした。
また、来年も決勝でお会いできることを楽しみにしています。

そして、今日も来年に向けて練習に行って来ました!

by s-onisi-seikotuin | 2016-09-19 23:16 | その他 | Comments(0)  

アスリート魂

私の趣味はゴルフです。

月に2回のラウンドと週に1~2回の練習のサンデーゴルファーですが

一応、ハンディはいわゆる5下と呼ばれるレベルまでいきました。


認めたくはないのですが、年齢には逆らえず、最近は少し調子(スコア)が下降気味です。

技術的には衰えているというより、逆に少し上達していると思うのですが、スコアにつながりません。

やはり

飛距離が落ちた。
パターの感覚が微妙にずれる。
集中力が欠ける。
ケガが多くなった。

等々の言い訳がましいことが事実起こっています。

自分ではこのことを事実として受け止めたくはなかったので、「調子が悪いだけ」と流していましたが

やはり認めざるを得ないな・・・と昨年のクラチャンで痛感し
基本の体作りから始めました。

週に2回,1時間づつ

自重トレーニングがメインですが、初動負荷的な要素を取り入れ、関節可動域を広げつつ、筋肉量を上げるように考えて鍛えました。

一日で体は変化していきません。

本当に少しづつ、少しづつではありますが、筋力と関節可動域の向上に比例して飛距離も戻り、戦えそうな体に近づいてきたようです。


そこで、先日、ミッドアマというゴルフ競技の予選で腕試し・とエントリーしましたが・・・

「寝違え」「手首の痛み」による体調不良と「パターの技術低下」が重なり、見るも無残な結果に

どこが「アスリート」やねん・・・と情けなく感じました。

しかし、ここで、負けては「アスリート」とはいえません!

これからも、さらなる練習を積み重ねて次のステップへ向かおうと思っています。

「還暦」を来年に控えてはいますが、いつまでも「アスリート魂」を持ち続けたいと思う毎日です。

そして、それを可能にしてくれる「ゴルフ」というスポーツの面白さも伝えていきたいと考えています。


今日は月例でした。
しかし、復活はならず、「体の痛み」と「パターの技術低下」は続いています。
今がゴルフ人生で最大の危機かもしれません!


「やさしいクラブ」「2本のパター」駆使しているにもかかわらず・・・

9月までに何とかしなければ・・・


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by s-onisi-seikotuin | 2016-07-10 23:04 | その他 | Comments(2)  

2日続けてのゴルフ!

9月はゴルフに集中!(・・・といっても仕事にも集中していますよ)

21日はアリジカントリー クラブ選手権!

4年目の正直と臨んだ今年ですが・・・最終のハーフで崩れ・・・3位

またも優勝できず・・・ドライバーとパットの不調・・・涙!涙!でした。


詳細はアリジ支配人のブログで解説あります。



翌22日はサンメディカルさんの主催するジュニアチャリティカップに参加!

傷心&2日連続の4時半起きでフラフラでしたが、なんとか回ってきました。

ジュニアと女子プロと一緒に回り、チームとして競技します。
昨年に引き続きの参加でした。

今年は伊藤順子プロと二人の小学生とのチームでしたが、みうちゃんというジュニアとは昨年も一緒に回りました。
彼女の1年間の成長はすごくて、身長はそんなに変わらないのに、ドライバーの飛距離が伸び、ゴルフもとても上手になっていました。
毎日練習し、土日はラウンドという生活を1年間続けているそうです。
来年は飛距離も、スコアも負けてしまうかも・・・です。
もう一人のももこちゃんもゴルフが大好きで、来年の成長が楽しみです。

私は、午前中はドライバーとパットの不調を昨日から引きずっているような感じでしたが、昼休みに伊藤プロにドライバーをはじめとするアドバイスを受けて復調し、飛距離も伸び、昼からパープレーで回り、復活!

新しい道具(ドライバー)に頼ろうかという考えを捨て、来年に向けて、練習量を増やし、少しばかりの筋トレにもいそしもうかと考え直しました。

ゴルフは生涯のスポーツとして世代を超えて楽しむ事ができます。
また、、同伴者である他人を思いやる心を養う事が大切ですし、自分自身が「審判」であるという特性もあります。
自分自身に正直でなければいけない「審判」であるというゴルフの特性は、ジュニアの心身の成長に良い影響を与えることができると感じました。

それより、参加したジュニアが、心からゴルフを楽しんでいることがうれしかったですね。

ラウンド終了後に別室で、整形外科医である中里先生が熱心に選手のケアをされるのを見学し、ついでに私も少し参加してきました。
私自身の二日間の寝不足もハイチャージの全身活性で解消し、帰りの渋滞も苦では無くなりました。

参加された、女子プロ、ジュニアとご両親のみなさん、お疲れ様でした。

このすばらしい企画と運営をされたサンメディカルさん、ご苦労さまでした。

また、来年も参加したいと思っています。



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森口祐子プロと










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一緒に回った伊藤順子プロとジュニア







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参加された女子プロの皆さん
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なんと協賛!






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by s-onisi-seikotuin | 2015-09-21 23:50 | その他 | Comments(6)  

開院10周年

2月7日で 「おおにし整骨院」 は開院10年目を迎えることになりました。


あっという間の10年・・・・・・いろんな事がありましたが・・・


当院を受診された患者さんにまずは感謝です。

整骨院も増えたなか、沢山の患者さんに来院していただきました。

「とりあえず近いから」が一番多い理由でしょう。

それでも、どんな施術をするのか、どんな考えを持った院長やスタッフがいるのかわからないのに、足を運んで下さった患者さんに感謝です。

最近では「口コミ」や「院のホームページ」をご覧になり、当院の方針も理解された上で来られる患者さんが増え、うれしい言葉を沢山いただけるようになってきました。

施術の向上や、ベースになる知識の研鑽については、今までの10年間、休む事無く努力してきたつもりです。
もちろん、これからも同じ努力を続けて、「1日でもはやく治っていただく施術」を目指していきますので、今後もよろしくお願いいたします!


次に受付を含めたスタッフに感謝です。

いろんなスタッフが当院で働いてくれました。

3年目まで、私自身の考え方や院の方針についていけなかったスタッフもいましたが、それも私の未熟さ故の事だったと思えるようになりました。

スタッフの支えがなければ、今までも、そしてこれからも院の運営が大変だということを痛感しています。

これからも、常に向上心を忘れず、患者さんのためにがんばって欲しいと思っています。

そして、いつか独立し、あなた達を待っているであろう未来の患者さんを診てあげて下さい。



また、以前にもブログアップしましたが、「3人の師」と呼べる先生方、その後、教えをいただいた多くの先生方に感謝です。

現在も、沢山の先生方と交流し、知識だけでなく、先を行かれる先生方に追いつけるように頑張る向上心も与えていただいています。

この世界は「これで終わり」はないと思っています。
だから頑張れるのですが。



この世界に入るのに背中を押してくれた須田先生にも感謝です。

須田先生は、昔、同じ業界の仕事をしていたのですが、この世界に転職され、私にも転職を勧めて下さいました。
須田先生がいなければ、転職は考えられなかったと思います。

京都で整骨院をされていて、何度か相談に伺いました。
帰りに「東寺」の金堂に立ち寄り、立体曼陀羅の前で、色々考えた末に転職を決意したことを今もはっきり覚えています。

須田先生は、残念ながら数年前に他界され、今はお話をすることすらできなくなったのがつらいです。



そして、家族に感謝です。

40才を過ぎてからの転職に賛成し、支えてくれたのは家族です。

専門学校に入るための予備校時代、そして専門学校の3年間は、私の人生最大の転機であり、その後の人生の基礎になりました。

晴れて専門学校に入学した日は、双子の娘達の小学校入学式と同じ日でした。

支えてくれた家族や、支えなければいけない幼い娘達のためにモチベーションが保てたのだと思っています。


この他にもサンメディカルさんをはじめ、ご支援いただいた多くの人たちに感謝いたします。

私を支えてくれた沢山の方々がいたからこそ、今の自分や仕事があることを再確認して節目の10年を迎えたいと思います。


そして開院時からの当院の施術方針を再確認です。

おおにし整骨院   治療方針の基本   平成17年2月

Ⅰ.患者様の目線に立った治療を基本とする事。
  ① 痛みを感じる感性を日々磨きます。
    患者様の痛みを自分のものとして感じる事を忘れずに。
  ② オーダーメイド治療が目標です
    一人一人の患者様の症状、原因、求める状態は違います。
  ③治療することで報酬が得られる事が基本です。
    働くことの意味を忘れません。
  ④ 治療家の前に社会人であれ。
    礼節、敬語、笑顔の徹底を忘れません。

Ⅱ.痛みを取る事がすなわち完治ではない事を忘れずに。
  ① 神経系と構造系の両方の完治を目指します。
    痛み(神経系)を取っても完治にはなりません。
    構造系の完治まで診ることが基本です。(捻挫など)
  ② 二次的障害を予防するように指導します。
    ①を忘れると二次的障害がおこる可能性が高くなります。
  ③ 治療後の身体のケアーまで含めて施術します。

Ⅲ.地域に根ざした治療所を基本とする事。
  ◎「長田におおにし整骨院あり。」を目標に。

治療内容、治療実績、治療態度を含めて地域で1番を目指します。
                  以上


        東大阪 長田 おおにし整骨院院長    大西清一


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by s-onisi-seikotuin | 2015-02-02 00:00 | その他 | Comments(2)  

1周忌

速いもので父が亡くなって1年が過ぎようとしています。
今日は、台風のせまる中、1周忌の法要を行いました。

父の入院していた病院の近くに行くと、今でもいろんな事を思い出します。

昼休みにいくことが多かったので、毎日、病院の近くで食事をしていました。

ある時、食事を先にすませ、いつもより少し遅れて病室に行くと、父は病室の窓から外を見ていて、私が来るのを待っていました。

後ろから声をかけると「今日は遅いなあ~」と非難めいて返してきたのですが、食後のたばこを吸う時間が待ち通しかったんだという事がわかりました。
それからは、出来るだけ食事の前に見舞って、父にたばこを吸わせ、帰りに食事をするパターンに変更しました。

まあ、そんな父でしたが、帰りに原付に乗って下から病室を見上げてみると、こちらを見て手を振っているではありませんか。
一応、毎日病室を見舞う事には感謝をしてくれていたようです。

身体の痛みを訴え続けた父でしたが、薬の他にももっとしてやれた事があったのでは・・・と今でも心残りです。

残った母も、一人で生活しています。

私も、仕事の帰りに電話したり、家に寄ったりという毎日です。
弟も土曜日には立ち寄っています。

今は、血圧も高く、食も細くなって以前の元気はありません。
人付き合いが苦手で、あまり友人もいないので、父よりも心配な事が多いのですが、「父の年齢までは生きる」と頑張っています。
散歩も増やしたようです。

母の余生も幸せなものであることを願っています。



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by s-onisi-seikotuin | 2014-10-13 18:31 | その他 | Comments(0)  

名古屋へ2回

クラチャンも終わった2日後、サンメディカルさんの主催でジュニアチャリティゴルフのため、名古屋まで出かけました。
ジュニアゴルファーのためのチャリティゴルフ大会で、おおにし整骨院も協賛という形です。

女子プロ一人と、ジュニア二人とでラウンドしますが、さすがに中学生女子のゴルフは上手でした。
小学4年生の女の子も小さいのによく飛ぶし、ゴルフを楽しんでいる様子がかわいかったです。

私の組で一緒に回っていただいた女子プロは「芳賀ゆきよプロ」でした。

女子ツアーでも優勝の経験のある方で、名前をご存じの人も多いかと思います。

私より小さいのですが、ドライバーは私より飛ばします。
一生懸命「マンブリ」しましたが、少しずつ負けました(涙)。

今はほとんど「引退状態」との事ですが、テニスの伊達公子さんのように「楽しんでツアーに復帰」して頂きたいと思いました。
・・・しかし、現実、「ツアー」はそんなに甘いものではないんでしょうね。


そして今日は、またまた名古屋へ。


今回は「ミオラブ」という施術に使う優秀な道具のための講習会でした。

昨日の夜は例の「ガチンコ勉強会」で11時すぎまで色々な話で盛り上がりましたが、今日は・・・

朝の5時に出発して、一路名古屋へ・・・
なんぼなんでも出発がはやすぎるやろ~・・・と出発してから一人ツッコミを入れてしまいました。

名古屋に着いたら7時半!
講習会は9時半から・・・!

今より30数年前、会社員として就職したのは名古屋。
そこで、その当時、住んでいた会社の寮(今は残っていませんが)付近まで足を伸ばして、懐かしい風景を見てきました。
まだまだ若かった頃です。話がそれましたが・・・。


ミオラブを開発されたT先生はMPS研究会にも入会され、現在、新しい風を吹き込んでいらっしゃいます。

ミオラブを学生時代に考案されたとかで、その先見の明には恐れ入ります。
この施術道具の優秀さはほんの5分ほど使用するだけで理解できます。

自分なりのやり方で3ヶ月ほど使用しましたが、やはり「基本が大切」ということでの受講でした。

今日の講習会での基本を理解して明日からの施術に生かしていこうと思います。

1ヶ月前に受講した「柔道整復術」のS先生、イギリス在住の「ファシア研究」のK先生と今回のミオラブを教えていただいたT先生がお知り合い同士だとお聞きしました。(濃い~濃い~)

この1ヶ月で、天下一品の超濃いラーメンを30杯食べたような満腹感を味わうことができました。

ごちそうさまでした!


まあ、冗談はさておき、この事を患者さんに還元できるように頑張ります。



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Myorub概論
Fascia research 日本語字幕版

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by s-onisi-seikotuin | 2014-09-28 21:19 | その他 | Comments(2)  

ピンチはチャンス

この10ヶ月は自分自身や仕事にとって苦しい時期でした。

父の死が影響している訳ではないのですが、自分の意図したことと結果がちぐはぐでした。

自転車のペダルを必死で漕いでいるのに前に進まない状況です。

自分の思いが相手に伝わらないもどかしさも数多く経験しました。

結果をおそれず、とにかく前に進もうと考え、忙しい中で、より忙しい事を自分に課して生活してきました。
忙しさで何かを忘れる意味もあったのかもしれません。

1月に

 「まわりが暗いほど、星は輝く  世の中が暗いほど、夢は輝く」

というポジティブカードを親しい方から頂きましたが、心に響きました。今も同じ思いです。

夢はまだまだ先に、ほんの少ししか見えていませんが、今やること、今やれる努力をする事、今がそういう時期だと考えて乗り切るしかないのです。

「努力すれば報われる」のではなく「努力することで良い事もおこる可能性がある」わけで、だから「努力は惜しまないという生活態度が必要」なんでしょうね。


「生きている間は精一杯生きろ!」「生きている間は楽しめ!」

という父の遺言(生き方)ですが、努力も楽しまなくてはいけません。

仕事の夢、私生活の夢、趣味の夢、それぞれに向かって「努力を惜しまず」ピンチをチャンスに変えていく毎日がこれからも続いていきます。


自分自身を奮い立たせる内容になってしまいました。

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by s-onisi-seikotuin | 2014-08-10 20:21 | その他 | Comments(0)  

納骨

父が10月に亡くなって5ヶ月になります。

毎日のように昼休みに病院に通って、たばこを吸わせに行ってた日常が、少し遠い記憶になりました。
病院のデイルームから二人で見ていた工事現場は既に完成し、車のショールームとして営業されています。

点滴をしながら、大名行列のように車いすと点滴を吊ったものを動かし、喫煙所まで通った日々も懐かしく感じられます。

今日、納骨の日を迎え、その儀式を滞りなく終えました。

骨はさらしに巻かれ、納骨され、「いずれ土に帰る」ということです。

森羅万象のものは宇宙から生まれ、やがて宇宙に帰る・・・という一連の作業を延々と繰り返すのがこの世界である。

お坊様のお言葉が、以外にもすんなり頭に入ってきました。

闘病生活を送る父を見ていて思ったのは

「生かされている間は精一杯生きろ!」
「生きている間は楽しめ!」・・・でした。

何百億年という宇宙の時間の中で、人間の生きている時間なんてのは、ほんの一瞬でしかありません。
その一瞬の時間に生きる私のような「名もない人間」の人生なんて、本当に価値のあるものなのかどうかさえ解りません。
そんな小さな人間の、一瞬の人生だからこそ

「生きている間は精一杯生きろ!」「生きている間は楽しめ!」

という父の遺言(生き方)が心に染みてきます。

明日からも忙しい毎日が待っていますが、その「生き方」を胸に頑張ります。



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by s-onisi-seikotuin | 2014-03-16 20:27 | その他 | Comments(0)  

続 生きる

1週間前の深夜に父は亡くなりました。
その日、夜中の病院からの電話で、私も弟も急いで駆けつけましたが、間に合いませんでした。

私たちは、安らかな余生を送る事を願っていましたが、父の最後の1ヶ月は見ていて本当に苦しそうでした。

緩和治療しか出来ない状態であっても、父は自分の症状を治そうと努力していました。
「点滴からの栄養だけではなく食べないとダメ」というと、好きでもない栄養ゼリーや栄養ドリンクを口にしました。
また、「先生に、ここを治してと頼んでくれ」「なかなか良くならん」が口癖でした。

自分の「生」ある限り「生きよう」と努力していたのがよく伝わりました。

緩和治療であっても、全ての症状が緩和されるわけではありません。
熱で意識がもうろうとしたり、脚のむくみはひどくなる一方、寝ている体勢を変えるだけでも痛みで思うように動けませんでした。
最後は肺に水がたまり、タンがからんで普通の呼吸ができなくなっていました。

そんな状態であるにも関わらず、毎日、昼と夜との喫煙だけは欠かさず、亡くなる2日前の昼まで続けました。
私は昼間担当で、午前の仕事が終わると原付を飛ばして病院に駆けつけ、ベッドから抱きかかえて車いすに乗せ、一階玄関の喫煙所に連れて行きました。
点滴をしながらですので、まるで大名行列のように車いすと点滴を吊ったものを同時に操作して動かすのは大変でした。
仕事で少しでも時間に遅れると、病院から携帯電話で「遅いなあ」とグチが入る事もたびたびで、それくらいたばこを吸いたかったようです。
考えれば、意識も頭もしっかりしていましたし、ただただ、ベッドで寝ているだけの生活はたまらなかったのだと思います。

そんな父を見ていて思ったのは

「生かされている間は精一杯生きろ!」
「生きている間は楽しめ!」・・・でした。

これは遺言だと思っています。

父の孫は娘4人ですが、お通夜の日は4人が代わる代わるお館の前にやってきて、父の頭をなでていました。
「いくら顔を見ていても飽きない」と孫娘4人に言わしめた父はすごい人だったと思います。



聞きたかった転職の件は・・・「転職はもったいないと思った」・・・でした。

いずれ、私があの世に行って、父と再会したときに「転職してよかったなあ」と言ってもらえるように今の仕事を頑張るしかないなあ・・・。

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by s-onisi-seikotuin | 2013-10-23 22:41 | その他 | Comments(0)  

生きる

アップするかどうか迷ったのですが・・・

私の父は今年83才になりましたが、ただいま闘病中です。

3年前の10月くらいから前立腺ガンの診断を受け、治療をはじめました。
通院治療で症状は回復し、今年の3月までは一人で車を運転してゴルフ練習場に行き、練習をしていたくらいなのですが、その後、容態が急変し肩の痛み、脚のむくみなどで入院を余儀なくされました。

人生初めての入院は6月から始まり、現在も転院し闘病を続けています。
放射線治療などもしていますが、「末期」のため疼痛緩和が最優先の治療となります。


入院前に、痛みで布団に横になって寝ることができず、ソファーで寝ていた父の顔を見たときに衝撃を感じました。
口をあけ上を向いて寝ていた父はまるで亡くなった人の顔そのものだったからです。
声をかけると、当然ながら起きてくれましたが・・・
これが、私の呼びかけに答えてくれなくなる日が近いと悟った瞬間でした。

一日でも呼びかけに答えてくれる父を見たくて、できるだけ毎日顔を見に行こうと考えました。

現在、残念ながら日に日に体力は落ち、週末に家に帰ってくつろぐことも本人にはつらくなってきています。

気になるところですが、本人はまだ良くなると思っているようです。
一日のほとんどをベッドで過ごし、1日2回、私と弟、その他の家族が見舞いに来たときの「喫煙」だけが唯一の楽しみとなりました。
先日、私が父に「頑張ってるなあ」と言うと笑ってくれました。
少しほめられたと感じたみたいです。

私が今の仕事に転職する前には母と三人で自営業をしていました。
意見の違いからけんかをする日もありました。
それも一因で、転職を決意したのですが、父と母は今でもその仕事を続けて欲しかったのだと思います。


私が小さい頃に、映画を見に行くことがあり、その時に手をつないでくれた父の左手が大きかったことをよく覚えています。
今、その左手は麻痺のため弱々しい握力しかなくなってしまいました。

毎日、たばこを吸う父の横で、当たり障りのない会話しかしていませんが、一日でも元気に生きていて欲しいと思っています。
いつか・・・転職したことをあやまり、実際にどう思っているのかを聞いてみたいです。

闘病中の父は頑張っています。
当然、尊敬しています!

by s-onisi-seikotuin | 2013-08-18 21:32 | その他 | Comments(2)